おしょうのにっき

2007/02/16

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2006/02/08

スカ失礼

 最近の夜の週間、ビールのつまみにセロリ一本を塩でそのままかぶりつき。これ、意外とかなりイケましてセロリが止まらなくなります。

 近況を徒然とメモ。

 3月7日と4月2日にやるモーツァルトの新しいソナタに取り組み始めました、今週から。Kv.306、D-dur
かなりシンフォニックな密度の濃い曲です。
2日が終わったら一瞬日本へ帰ります!2~3週間ぐらいいる予定。

今週の金曜からシェーンベルクのコンチェルトのレッスン開始予定。おっそろしく難しいです。
でも知られざる曲ながら、それなりにけっこうイイ曲っぽいので、じっくり譜読み+練って行きたいと思います。6月の試験で演奏予定。

そういう中今日はちょっとひまだったので、先生から借りてた高橋悠治の「七つのバラが藪に咲く」をちらちらと弾いてみた。これを余裕があったら春に日本でやろうかななどともちょっと思いました。

ここのところなぜか脳内の回路が飛んだみたいに実の詰まった文章が書けない感じなので、スカスカと失礼。

2006/02/02

2分2イデー

 うんこmixiの方にも書いたけど、今日は週一の定例フリーインプロの会合でブリュッセルへ行ってきた。
普段この閉塞的な廃街にいるだけに、ブリュッセルへ登れる、というだけで嬉しい。

 会場は北駅から車でちょいの、そうとうにボロイ貸し倉庫・・いまどき、日本のVシネでも出ないぐらいボロいその倉庫の一つが、貸しバンドスタジオに改造されてて、そこに今日は4人ほど集まって3時間ぐらいゴソゴソとやった。

 今回の合わせで「ほほー」と思った訓練方法は、「2分2イデー」ってやつ。
2分間にリミットを設定して、それぞれに「2回まで」、好きなタイミングに、好きな行動をして良い、という訓練方法。

だいたい無制限にだらだらフリーインプロをやってると、たいがいはダレきってくるし、どこに向かってるのかも不明瞭になってきて音楽の進歩にはなかなかならない。
けれどもこのやり方でやってみると・・驚くほど引き締まってかなり良いです!エクササイズとはいえ、場合によっては十分作品になり得る。

 2分間という制約、2回までという制限があるから、それぞれがそのタイミング、音、表現を最大限に研ぎ澄まして狙うので、緊張感とインパクトがかなり強烈になります。そして、「弾くべき時」と、「眺める時」の見極めもスマートになってくる。無駄弾きがなくなる。
そのあとで「3分3イデー」、「5分フリー」をやって解散したけど、この調子でいろいろやってったら、けっこう面白いことになりそうだ。

 授業と含めて週3回インプロをやってることになるけど、こういう応用の場があるのはなかなかナイス。どんどんやってきたいです。

2006/01/25

消えるか?!

と書きながら普通に書き続け。

 今日はもう恒例のドタキャンで合わせがなくなったので、午後を無為に過ごしてしまった。
基本がドタキャンorすっぽかし はなんとかして欲しい。

 ところで俺は、詰め将棋を特訓したほうがいいんじゃないかと最近よく思う。
物事を遠く見据えて、大きく算段した上でスマートに行動に移す。これは人生においてかなり重要なことだと思う。
 おれはというと・・・文章は一行書いては消し、また書いて消し、いきあたりばったり書きなぐっては悩み、ぐしゃぐしゃもそもそやりまくりなので、これは絶対に脳力を低下させていると思う。
思えば、過去の作家たち(作家だけじゃないけど)というのは紙の原稿用紙を相手にしていたわけで、多少の修正はあるにせよ常に頭に一定の構成を溜めてから行動に移る、という作業をしていたのだから、脳の働きはいつもシビアで、行動と脳のバランスがまあ、当然とれてくる訳だ。

 日常からそういう訓練をしていると、思考と行動、精神と肉体、の付き合い方が現実的でスマートなものになってくると思う。
とオーバーなことを書いているけど、要するにこれは人間が普通にやってきた当たり前の事だが。

 たとえばこれが出来ていない、上記の俺のような有り様が日常化してると、恐らくは分かりやすい例では「しゃべり」にも影響が出てくるんじゃないかと思う。先述のように数文字書いては消し、試行錯誤、辺に客観的に自分の文章を添削してまるでウソの彫刻でもつくるみたいにコネコネする思考回路では、当然ながら人前で大きな話を即興的に理路整然と語るのはかなり冒険になってしまう。
 言い換えれば自己からの自然な表出が奇形的に客体化しちゃってる、という言い方もできると思うんだけど、これはどっこい一部の現代日本人の一つの特徴のような気もする。人からどう認識されるか、自分がどういう人っぽくあるか、という小さい価値基準の中に自分を収めて虫の息で生きてる日本人はけっこう見るような気がする。というか若い日本人のイメージというのがけっこうこれにハマッてると思うのは俺だけでしょうか。

 話は脱線したけど、これはもちろんしゃべりだけじゃない。あらゆる想像力や先見性を失わせるんだから、ひいては自己と社会との関わり方にも影響しだす、と見るのは、それほど大嘘でもないと思う。

 まあ要するに、脳が退化しているということだけど、ここでもっとヤバそうなのは、脳が退化してるだけじゃないということ。実際には、大昔の人間に比べて、一日に処理する情報量は飛躍的に増えてるし、生活は便利に楽になって肉体はむしろ厄介者扱い、現代人の肉体は目に見えて不調をきたしてて、「都市化は脳化」と言わしめるほど現代社会は脳社会になってるはずなんだから、単純に脳の退化、っていうほど楽なもんじゃないと思う。
 だから、正確に言うなれば、やっぱり、人間の存在自体がどんどん虚無化している、虚無の方向に進みたがってる、ということなんだと思う。行動ありき、という具現性を前提にした脳の働きではなく、認識、意識、感覚、みたいな、いわゆる幻想の世界ばかり猛大に発達したがってる。その行く末たるや、虚しき消滅の運命にあるということは目隠しで、どんどん邁進。
 脳の行動はこう考えると面白い。自分で自分自身を騙しながらそれを無くしてしまう方向に進もうとしてるわけだから。


 脳というのはもともと肉体に張り巡らされた神経群が、局部的に発達して出来上がった部位なわけで、つまり元をたどってしまえば肉体のための単なる知覚装置だったにすぎない。還元して考えてしまえば、行動から知覚、思考が生まれることがあっても、無からの知覚、思考から行動が生まれることは、本当の意味では、実は存在し得ない。
 おいおい始めと言ってる事が噛みあわねえぞ、と思うかもしれないけど、これは「本当の自分から出るものなどありえない」ということと同義でもあるから、重ねて考えれば分かりやすい。
みんな自分で生み出していると錯覚してることは全て外界から認識したものなわけで、言うなれば、自分の中にあるものというのは全て外にあるものと連帯しているということになる。


 この巧妙な仕掛けにはまって、自分の中にあたかも「創造の泉」があるかのように錯覚して一生懸命自分の中を見たって、どんどん空気が無くなって窒息してしまう。もしくは、延々と同じ場所を彷徨い歩き続ける。ようするに、神経が神経を知覚しようとするようなもので、裁判官が自分を裁判するようなものだから、そこには知覚、前進の対象となる実際の対象物が存在しない。ようするに、虚無なわけだ。

 人間は常に実体と触れ合っていなければならないし、周囲の全てに開かれていなければ、急速に消滅へのエネルギーが増すのは明らかなことなのが、このことからも明らかすぎるほど明らかだし、あまりに自然な法則。
 電子という幻想のツールに囲まれて生活していると、最初に書いたように、どんどん自分の都合に切り替えていける。自己本位になれる。ようするに、自分の中に向かっていける。物質との干渉に肉体と思考を折衝させる必要が無い。つまり虚無に向かっているわけで、脳は肥大と同時に退化して、それ自身すら消滅する方向に向かうパラドックスを形成してることになる。

 耳をすませる。周りに気を配る。物事をしっかり見つめる。 しょっちゅう言われる小言みたいなことだけど、ここにはそれの真理があるわけだ。

 詰め将棋の話から気が付けばすごい猛大な話になってるけど、要するに、人間の脳みその使い方として、強力に”外部との関係と噛み合わさって””頭を使う”ということは、全てにおいて絶対必要不可欠だ、というキーワードで、大きく繋がっているハズ。

2006/01/20

上人消えるか?!

 マショーを背景に久しぶりに更新。頭おかしくなりそうw

 ひさしぶりで早速だけど、やっぱり文章書くときって、ある程度考察の効いた意味のある文章書きたいもんで、適当にでも毎日更新してくのは俺の性に合わない。
意味ないような、適当に一日あったことだけ羅列してくだけなのに面白い人って、なんでなんだろう。ちょっと憧れるけど。

つうことで、こっちは適度に月1とか月2とか分かりませんがたまにブぉーっと長文書き込んで行きます。悟ったことを、言葉にしちゃって台無し!みたいな感じでw

最近悟ること多いけど、悟るのはやっぱ楽しい。一生悟っていきたいです。

それと、俺はやっぱり根っからの漢字人、というか漢字文化人だというのも分かったので、そのうちこの軟弱なブログ名も変えると思います。2年後ぐらいに。
ローマ字キライ 覚えられない
「上人勤行帖シリーズ」ってのも良いんだけど、あんまり上人に固執するのもどうかと思って、保留。

普段は、腐れmixiのほうに書いてきまーす。ネタ的なものを。

じゃーね!

2006/01/14

Buster Keaton

 まあ、もうこうやっていちいち書くのも億劫だけど、覚え書き。

 せっかく土曜だし、最近引きこもってばかりいたので昼に買い物でセンターへ。手袋と帽子購入。セールでなかなか良いものゲット。FNACていう電気屋に行ってやっぱり衝動を抑えきれずにNAXOSのマニアックセットを買っちゃった。まだちゃんと聞いてないけど、4枚で19ユーロだった。

 で、夜Improのクラスの友達が近くのカフェでイベントやるというのでさむーいなかテクテクと歩いて30分ぐらいで行ってきました!
なんつうか、普通の家みたいなカフェ。場所も裏路地入った人気の全くないところ。写真でも撮ればよかったんだけど忘れた。奥に入るとカーテンで仕切ってある小劇場みたいのがあった。

内容は、Buster Keaton つう無声映画コメディの花形のような人の作品を上映しつつ、それをドラム、ウッドベース、クラリネット、ギター、フルートが囲むように見ながら、即興で音をつけてくというもの。まあ、昔ながらのサイレント映画の音付けの、今風味、という感じかしら。
と書くとどうもなんか辛気臭いっていうか実験ぽいけど、ぜんぜんそんなんじゃなくて普通に気の利いた、良い音楽と良い音響効果群でした。それぞれの技量もかなり良かった。なんというかこう、小難しく解説させるのを避けさせてくれる全体の良さがあったイベントだったので、あんまりグチャグチャ書きません。また鬱るし。

 Buster Keatonもそうとう面白かった。奇跡的なアイディアの綱渡りって感じで、まさしくあれはアクロバットの領域ですたぶん。かなり還元されたアクロバットの連続。
当時のフィルムの、「出来ること」と「出来ないこと」の鋭い隙間をアクロバティックに見つけ出して、自分のアイディアを巧く刷り込ましていく感覚が、なんというか難しく言うと「物」と「人間」の普遍的な醍醐味を十分に持ってて、こういう作品ってのはやっぱすごいな・・と、感心しちゃった。言葉にするとこれまたクドイんだけど・・ つまり「人間」を感じさせる、という事だと思うが。

だからそれと、みずみずしい音楽が「おう、こんにちは!ご機嫌どうっすか!」という感じでうまく出会ってて、なかなかグッドだったんでしょう。ともかく、タラ~んとした良いイベントでした。

 終わった後、やっぱそそくさ帰って来ちゃった・・Improの授業の友達たちがまだ残ってたけど、トロ~イ仏語がちょっと今日は億劫で・・これからバンバンいきたいですな。やっぱ話してえ!!!これなんだよ!!!

2006/01/12

戦国史

 最近密やかにやっちゃってるゲーム・・「戦国史」!!
フリーウェアだからタダでダウンロードできるんだが、これがまた凄まじくマニアックでリアルで、信長の野望など本当に子供のおもちゃに見えてくる。

歴史マニアが本当のシミュレーションゲームを求めてこつこつと何年もかけて、いろんなマニアの要求を受け入れながらバージョンアップさせていってるから、積年の味わいが半端じゃない。

 見た目こそ顔グラフィックとかイラストとかまったくないんだが、この平板な日本地図の上で繰り広げられる戦国大名たちの凌ぎあいの過程はけっこう感動的にリアル。
こないだやったときは九州の天草家つう超弱小大名で、開始早々から長いものには巻かれろ志向で巨人大友家に早速臣従志願・・。
 暇だからバーっと通してみたときの流れ。
 1560年、近江から伊勢に版図を広げていた六角家が今川義元軍の上洛を阻んだのを契機に、一気に機内一円を手中に収めはじめ、足利義輝を推して名実共に天下布武へまっしぐら。細川をひねり潰した凶悪な三好もあっさり配下に従え、すごい勢い。織田信長も知らぬ間に消え去ってた。
同時に東の北条、西の大友が1570年ごろから徐々に台頭、日本も三国時代へ。北条は知らぬ間に奥羽南部家まで配下に納め、武田をひねり潰してついに上洛開始。1572年六角勢といよいよ激突、さしもの六角も東日本ほとんどの石高を抱えた巨大北条の巨体を支えきれず、じりじりと蝕まれていく。 すると配下に従えていたはずの弱小勢力が次々と独立しだし、往年の勢い虚しくみるみる虫食いに。 それを狙ってたかのようにそれまで隷属していた中国、四国の三好軍も一気に反乱、それを契機に西の大友軍もじわりと上洛開始。両者の勢いに挟まれて畠山や浅井の反乱が相次ぎ、気が付けば六角は伯備のあたりの小城にひっそりと追いやられ、1580年ごろむなしく北条に隷属。
 さていよいよ大友と北条の巨大勢力対決はどうなるかと思いきや、やはり先に京を押さえた威信の強さからか、北条の勢いはとまらない。じりじりと押されて、中国撤退、四国玉砕、元の九州に追いやられ、そのころには島津、竜造寺を含む九州の有力大名の反乱でもう地に足の着かない状況に。とうとう大友も北条に降伏、これで我が天草家も主家が北条に。駆り出されてた当主の天草尚種もいつのまにか消えてて、天草家郎党に占拠される。
そしてついに北条軍九州上陸の1582年、総石高2000万石の北条氏康軍が新たな日本に北条幕府を開いたのであった・・。

って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おれなにやってんだ!!!!?